タイトルを大きくしたら、写真が小さく見えた。
写真を大きくしたら、今度は日付が窮屈になった。
1カ所直すたびに、べつの場所が「おかしい」と手を挙げる。
社内バザーのチラシは、もう4回作り直している。
直しているのに、よくならない。むしろ、最初のほうがましだった気さえする。
Scene 1 モグラたたき
夜の余白灯舎。中央制作卓の上に、ミナは4枚のチラシを並べた。第1版から第4版まで、ぜんぶ持ってきた。
「1枚目で『タイトルが弱い』って言われて、大きくしたんです。そうしたら2枚目で『写真が目立たない』って。3枚目で写真を大きくしたら、今度は『日付が読みにくい』……」
アキラは4枚を順番に眺めて、少しだけ笑った。ばかにした笑いではない。なつかしい、という顔だった。
「モグラたたきだね。ぼくも昔、ずいぶんやった」
「モグラたたき?」
「1匹たたくと、べつの穴から出てくる。きみは4回とも、言われた場所だけを直した。そうだろう?」
ミナは頷いた。それの何がいけないのか、まだ分からなかった。
Scene 2 紙が遠ざかる
アキラは第4版を手に取ると、ミナに持たせて、静かに言った。
「腕を伸ばして。もっと。そのまま、ひじが伸びきるまで」
チラシが遠ざかる。文字が読めなくなる。読めなくなって、はじめて見えてくるものがあった。紙の右上だけが黒々と重い。左下は、がらんと白い。全体が、右上に向かってかしいでいる。
「……かたむいてる」
「そう。1カ所ずつは、どれも正しく直っている。でも紙は1枚だ。タイトルと写真と日付は、同じ紙の上で場所を取り合っている。1人を大きくすれば、ほかの全員が動く」
読める距離では、部分しか見えない。読めない距離で、はじめて全体が見える。ミナは腕を伸ばしたまま、4回の直しが4回とも「部分の直し」だったことを、腕の長さぶんの距離で理解した。
アキラは紙をミナの手元へ戻した。
「遠くで分かるのは、全体の重さと順番まで。文字が読めるかは、この距離に戻して確かめよう」
ミナは小さな開催日を読み直した。全体を見る距離と、文字を読む距離は、同じ検査ではなかった。
Scene 3 見える灯は、つけない
「灯りで見せてもらえば、早いんじゃないですか」
制作卓の上の古い卓上灯を、ミナはちらりと見た。前に来た夜、視線の迷子を光の道にして見せてくれた、あの灯り。
奥の資料棚の陰から、トウカが顔を出した。
「……今夜は、いらない」
「え?」
「もう、見えてる。いま、自分で」
それだけ言って、また棚の陰に戻っていく。アキラが小さく付け足した。
「灯りは、見方を知らないうちの入口だよ。腕1本で見えたものを、灯りで確かめ直す必要はない」
ミナは第4版をもう一度遠ざけて見た。かたむいた紙面。取り合いをしている要素たち。直すべきなのは「弱いタイトル」でも「目立たない写真」でもなく、取り合いのルールのほうだった。
Scene 4 5回目の直し
その夜、ミナは5回目の作り直しをした。今度は、どこか1カ所を大きくすることから始めなかった。
まず、いちばん伝えたいことをひとつ決めた。次に、情報を3つのかたまりに分けた。かたまりの外側を広くして、端をそろえた。タイトルは、結局すこし小さくなった。それなのに、前よりずっと目立っていた。
腕を伸ばして、確かめる。紙は、もうかしいでいない。
「不思議です。小さくしたのに、目立つなんて」
「まわりが静かになったからだよ。大きさは、いつも周りとの差で決まる」
帰り道、ミナは駅前のポスターを、少し離れて眺めてみた。よくできたポスターは、遠くから見ても、かたむいていなかった。
次回予告
第3話「リオの投稿が伸びない夜」。SNSで発信を続けるリオが、余白灯舎に初めてやってくる。かわいいはずの投稿が並ぶと、なぜかごちゃごちゃして見える話。
ミナが5回目の直しで使った手順は、チラシが詰まって見えるのはなぜで、そのまま使える形に整理してあります。全体を見る順番そのものを知りたい人は、最初に見るべき5つの基本からどうぞ。
